命と薬と思想の価値(1)2006年05月05日 01時00分00秒

国民宿舎はらぺこ 大浴場の「ほっとけない in 千葉大学」からのtb。
ホワイトバンドで有名な「ほっとけない 世界のまずしさ」キャンペーン関連です。

と言っても今回の主眼はホワイトバンドではなくて”AIDS”です。

詳細は元記事を参照してもらうとして、大雑把に背景を振り返ると。

1.世界各国でHIV感染者が急増
2.最近はAIDS発症を抑える薬が出来ている
3.しかし、開発元がパテントを持っていて、各国で特許権は守りましょう同盟が出来ている(TRIPS協定
4.そのため貧困国では高すぎて薬が買えない
5.しょうがないから貧困国でパテント無視してもいいよ(ドーハ宣言

大雑把且つ乱暴な解釈なので、突っ込みは甘んじて受けます。

ここでのポイントは、特許料が高いから貧困国での医薬品供給がままならない事。
つまり、特許権をとるか医薬品供給をとるか、という問題です。

私は医薬品製造という立場の人間なので、この問題は非常に由々しき問題であると感じます。
批判を恐れずに言えば、テメーなにしやがんだゴルァ
こんな事されちゃうと私らの食い扶持がー。
全ての製薬企業がこんなこと言うとは思いません。あくまで私個人の意見です。



大局の問題を話す前に、医薬品がどのように開発、製造されるのかを知っておくと理解が深まると思います。

医薬品開発の第一歩は、効果のある化学物質を見つける事です。
無限個の化学物質から目的の効果を発する化合物を見つけるのは、宝くじより確率は低いでしょう。
具体的手法としては、目的の薬効を持つ化合物を無作為に調べ上げるランダムスクリーニング、構造活性相関から候補化合物を予測する方法、プロテオミクスなど、アプローチはさまざま。
こうやって目的の化合物を探します。

目的の化合物が絞られたら、その化合物の性質を調べます。
具体的には、薬効はもちろんの事、化合物としての安定性、作用機序、LADME、毒性を調べていきます。いわゆるラボでの研究段階です。
また同時進行で製造方法の研究も入念に行われます。
ラボでデータを集め、効果が十分あって毒性も少ない、大丈夫だと言う事になったら、いよいよヒトに投与します。これが治験で、3段階経て進めて生きます。

ここまでデータを収集したら書類をそろえて厚生労働省に提出し、そこで厳正な審査を経て承認が降りれば、医薬品の完成です。

完成した医薬品は市場に出されますが、その後も当該医薬品に係る情報は集め続け、6年に一回は再審査・再評価を受けます。
つまり医薬品は作ったらずっと面倒見なきゃいかんということです。

こういった流れで医薬品は開発、製造、流通されています。



さて、今回の問題を理解するためにもう一つ必要なのが、「新薬」と「ジェネリック」。
新薬は文字通り、全く新しい医薬品(といってもパターンはいろいろあるが)。パテントの対象となる。
ジェネリック医薬品は、新薬の特許期間が切れると一斉に売りに出されたりする、成分、剤型が同じ医薬品。申請の際に必要なデータは新薬よりも少ないし、製造方法をローコストにしてくるものが殆どなので、薬価は低くなる。



さて、ここまで話したところで最初の懸案。
「AIDSの薬にパテントがあって高い」という件です。確かに薬価は高いですが・・・

前述の通り、医薬品開発というのは莫大な資金と時間と労働力と頭脳と精神力を消耗しながら作るものです。
特に、一般のイメージだと効き目があるものを見つけるまでが大変と思われるかもしれませんが、実はその後のデータ取りも十分大変なんです。
つまり。
新薬のパテントというのは開発費用などを回収するためには必要だということです。
他の業種でもそうでしょうけど、医薬品の場合は特に発明(候補化合物の発見?)から先の費用も莫大なので、パテントが無いと正直ツライ・・・。

それでも人命と金とどっちが大事なんだと思われる人もいるでしょうが、それは浅はかと言うものです。
製薬会社は企業です。慈善事業じゃありません
企業は利潤を追求するものです。製薬会社とて例外ではありません。
もっと大切なのが、製薬企業は倒産してはならないということです。
製薬企業が立ち行かなくなると、その医薬品の供給もストップしてしまう危険があります。それを防ぐ保険としてもパテントというのは理にかなった制度だと言えます。
現状、新薬開発の余裕があるのは大手なので、倒産の危険はありませんが、それでも新薬開発の見返りとしてパテントを取得するのは当然であり、それが侵害されれば頭にくるのは仕方がないといえるでしょう。

「ドーハ宣言」とやらも、苦肉の策であると考えれば理解できなくもありませんが、納得は出来ませんね。
形としては、人命保護と言うカードで製薬企業にドロップさせたようなものですから。
私的企業に負担を負わせなくても、他に手段はあるでしょうに。


 
こういった問題についての抜本的改革として、新條綺羅さんがこちらの記事で面白い意見を述べておられました。

僕が提案したいのは、薬の開発の一本化です。資金は先進国や寄付を通じて集め、いくつかの研究機関において開発を行うような形にできないでしょうか。そして製薬会社は薬の作成と販売を担当し、経費プラスそれなりの利益を足した値段で売るようにする。そうすればかなり安い値段で薬を提供できるようになるでしょう。薬の製造法などに関する特許もこの際認めない、とした方がより徹底してこの方法を使えるはずです。
なるほど。
つまり薬の開発を国営機関にしてパテントを主張させない、製薬企業には製造と販売だけをさせる、と。
要するにパテント料を発生させないための方策ですね。
確かに医薬品費用を抑えることは出来ますが、残念ながら非現実的です。
これについてはまた話が長くなるので次回更新で・・・



医薬品製造に関わる立場としては、出来れば安価で医薬品を提供し、自分の食い扶持も稼げればいいのですが、そこまで余裕はありません。
この問題については、単に一時の支援金で解決する問題じゃないので、長期的な視野で取り組む必要があります。
安易な救済措置で逆差別を生んでしまっては本末転倒です。

この問題について、「ほっとけない 世界のまずしさ」キャンペーンでは、ドーハ宣言を肯定するスタンスのようですね。
だったらホワイトバンドの売上金で医薬品支援してやりゃいいじゃねーか。

次回に補足記事を書く予定です。