命と薬と思想の価値(2)2006年05月09日 00時22分12秒

2回目。前回の記事から合わせてお読みください。

AIDSの治療に用いる医薬品は高くて貧困国では十分に流通させられない、という問題です。
ここでの着眼点は”医薬品の特許”と”医薬品の価格”です。
まず特許ですが、新薬の場合は当然ながら特許申請が認められ、その有効期間は約20年
価格については、薬価基準というものがあり、これは国が定めるものです。しかしライセンス料は加味されるので、結局のところ新薬はそれなりに高くなります。
これは新薬開発という企業にとってハイリスクな行為に対する補償であると言えます。
新薬開発はリスクが高いんです、とてつもなく。

そんなリスクを背負って完成させた新薬なんですが、一つ疑問が生じます。
パテントはどこが持っているのか?ということです。



医薬品の条件、それはもちろん(相対的に)”効き目がある事”ですが、”安定した生産体制であること”も重要な要件になります。
どんなに効き目があろうとも、製造が一か八か、なんてのは医薬品失格です。

前回にも医薬品開発の流れと言うものをざっと示しましたが、今回新たに”製造”というファクターも加味されました。
即ち「候補化合物の探索及び非臨床試験」「生産体制の確立」「治験」。もっと単純に言えばラボ工場病院です。
そしてそれらを取りまとめる「企業」。
これらの中でどこがパテント取得者となり得るのか。

もちろん製薬企業本体です。

ここではあえて4つの事業所風に分けて書きましたが、この分類にした理由が薬事法と密接に関係します。
薬事法には医薬品に関する法的ガイドラインが存在します。

GLP Good Laboratory Practice 医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施に関する基準
GCP Good Clinical Practice 医薬品の臨床試験に関する基準
GMP Good Manufacturing Practice 医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理規則
GQP Good Quality Practice 医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療機器の品質管理の基準
GVP Good Vigilance Practice 医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療機器の製造販売後の安全管理の基準
GPSP Good Post-marketing Surveillance Practice 医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施に関する基準

このうち、医薬品の製造販売を行うためには GQPGVPの遵守が必要となります。
つまり、医薬品製造販売業者(医薬品販売元)は、品質管理と製造販売後安全管理の基準に適合していなければならない、と。

ここで着目すべき点は、製造管理の基準に触れていないことです。

実は、平成14年に薬事法は大幅な改正を行ったのですが、その大きな変更の一つがこの部分です。
それまでの薬事法では製造管理の基準も準拠する必要があった、言い換えると製薬企業は自前で製薬工場を持っていることが条件だった、と言う事です。
しかし改正薬事法ではその製造管理基準の部分が無くなった。
つまり、製造部分はアウトソーシングが可能になったと言う事です。


さらに、製造販売業者の品質管理基準は、何も自前で試験を行うと言うわけではない、という事です。
試験方法がしっかりしている、品質保証が十分であれば、品質管理もアウトソーシング可能です。

製造と品質管理試験がアウトソーシング出来る。
さらに言えば、候補化合物探索やラボでのデータ収集も外注可能だし、治験はそもそも病院に外注するようなものです。
つまり、製薬企業はビルの一室でも運営可能になったので、ベンチャー企業が進出する余地も十分あります。



さて、このカラムの最初に話を戻しますと、安定した生産体制が求められる事に触れました。
製造部門の話というのは、もちろん工場、場合によってはアウトソーシング先の話です。
薬事法の言葉で言えば、製造業者と言います。
製造販売業者と製造業者。
非常にややこしいのですが、前者が販売元で後者が製造元です。
製造業者はもちろん許可制で、その要件となるのがGMPです。
これは実際の製造だけではなく、その前に”安定した生産体制”であることを保証するためのデータ収集も含みます。
ラボなんかじゃなく実際の工場生産レベルでの検証となるわけですから、結構な費用が掛かります。
雑に言えば、工場というでっかい実験室で製造の研究とデータ収集を行っているのです。
そしてそれが必要だと言う事が薬事法で規定されています。



ちょっと寄り道したような論調でしたが、医薬品製造販売の概要は見えたと思います。

医薬品の元を研究するラボ。
医薬品を製造する製造業者(工場)。
臨床試験を行う病院。
そして総括する立場の製薬企業。

繰り返しになりますが、パテント保有者は製薬企業です。

「有効成分を見つけたラボではないのか?」とも思えますが、医薬品は有効成分があればいいというものではありません。
有効成分の投与量の決定、剤形の検討、いろいろやる事はあります。
そして有効成分を見つけた後の作業も尋常じゃないレベルなので、単にラボの手柄ではありません。
もしそれを言うなら、生産検討を行った製造業者にも、治験を行った病院にも権利はあるという話になってきます。
ラボが特許を出願する可能性があるとすれば、”有効成分”でしょうか。化学物質として出願されれば受理されるかも知れません。その際のライセンス料の流れはどうなるのかな・・・。
もっとも、実際には製薬企業がラボを持っていることが殆どですから、そのような問題は起きないのではないかと。
(大学研究室との共同開発はあるでしょうが、せいぜい有効成分止まりだと思います)

なにより大切だと思うのが、パテントを取る事はその製品に責任を負う事だと思うのです。
医薬品の事で言えば、製造販売業者に課せられる品質管理と製造販売後安全管理を全うしなければ、当該医薬品の最高責任者ではない。


そこで思い出されるのが、薬の開発の一本化の話です。
この意見の重要な点は、「医薬品のパテントは有効成分発見者が有する」という仮定に基づくものである事です。
残念ながら、現状としてはそういうわけではありません。
可能性を見出そうとすれば、「全ての医薬品の製造販売を国営化し、その他を一般企業に入札させる」というカタチになるでしょうか。
しかし、国が品質管理や製造販売後安全管理を、全ての医薬品について行うことは不可能です。
厚生労働省は医薬品の審査業務がありますので、医薬品開発や製造販売と並行して行うことは職業倫理上よろしくないですし、そもそも人が足りません。
最初から医薬品開発を国の専売だというならともかく、現状から移行する事は、残念ながら非現実的です。

現在、多くの製薬企業が切磋琢磨しながらよりよい医薬品を目指して開発を行うというスタイルは、医療の発展のためには良いのかもしれません。



新薬開発というのは、綱渡りみたいなものです。
歩いていく先の保証は無く、進めば進むほどダメだったときのダメージは大きい。
それでもなお、製薬企業は医薬品を作り続ける必要があります。
企業活動がそのまま社会還元になっていると言えますので、製薬会社のパテントを否定すると言う事は、自分の首を絞めていることと同義ではないかと、思わざるを得ません。

だからと言ってドーハ宣言を完全否定はしません。
しかし、今後このような特例が慣例になってしまうという危惧はあります。

今なすべき事は、小手先の資金の節約ではありません。
潤滑に医薬品を生産・流通させる方法を確立する事こそ、急務ではないでしょうか?


(3)に続きます。