SIDE EFFECT & ADVERSE EFFECT2006年07月04日 20時29分47秒

副作用の無い医薬品は無い。


医薬品の安全性などを問う上で頻繁に持ち出される言葉である。
医薬品を安易に用いたりするとロクな事が無い、という戒めの意味以上の意味を含んだ言葉だ。



そもそも副作用とは何かと言う事を、普通の人は勘違いしている。

”副”という言葉がつく以上、必ずそこにはメインとなるべきものがある。
副作用に対しては、主作用という言葉で用いる。
当たり前の事なのだが、言われてみるとそういう考え方をしなかったと思い当たる人も多いのではないだろうか。

なぜなら、一般には「副作用=良くない作用」という意味で考えるからだ。
しかし厳密には、副作用(SIDE EFFECT)と言うのは必ずしも有害作用(ADVERSE EFFECT)ではない

例えばアトロピンであるが、眼底検査の際に散瞳薬として用いるが、その場合には口腔内乾燥、消化管運動抑制などが副作用である。逆に、消化管平滑筋の緊張を緩和する目的で鎮痙剤として用いた時は、散瞳作用は副作用である。つまり、同一医薬品であっても、目的とする適応次第では主作用が副作用にもなりうる。散瞳作用は緑内障患者には危険であるが、そうでなければ日の光が眩しく感じる。それを有害と取るか問題ではないと取るかによっても、副作用の考え方はあいまいになる。

「主作用」と「副作用」のバランスというのは重要である。
抗がん剤を例に取ると、主作用である抗腫瘍活性がどんなに優れていても、下痢や骨髄抑制などの有害な副作用が強ければ、医薬品としては成り立たないものである。
逆に言えば、優れた効果が期待できる医薬品においては、多少の副作用は目を瞑る事になる。

このバランス、選択性と言ってもいいだろうが、医薬品を用いる場合には非常に頭を悩ます問題なのである。



では副作用はなぜ起こるか、回避できないのか。

それには医薬品の体内動態がキーワードになる。
錠剤を例に取ると、口から飲んで胃内で胃液により錠剤が壊れて成分が放出(Liberation)される。それが十二指腸を抜け小腸から吸収(Absorption)される。門脈から肝臓へ流れ肝初回通過効果を受けた後に全身へと分布(Distribution)する。然るべき部位で薬理作用を示した後は、酵素などで代謝(Metabolism)され、一部は未代謝のまま、排泄(Excretion)される。
しばしば、頭文字をとってLADMEという。

一番注目したいのは分布である。
飲み薬の場合、口から飲んでも結局は全身分布する
例えば頭が痛いからサリチル酸系鎮痛剤を飲む時、本来ならば作用部位は頭であろうが、それ以外の所にも薬は回る。つまり余計なところにも有効成分は分布するので、余計なところで余計な作用を発揮する。つまり副作用である。
鎮痛剤はしばしば胃に悪いが、これは胃壁の防御因子の抑制効果により、攻撃因子が優位になるからである。簡単に言えば胃壁が守れなくなって胃酸などで溶けてしまうのである。だから胃潰瘍など胃が悪い人には不用意に鎮痛剤を飲ませてはいけない。シップ薬も注意した方が良い。
逆の例で言えば、アメリカ人は何も無くてもバファリンを飲んでいる、とかいう噂もある。バファリン、その有効成分のアスピリンは、発痛物質であるプロスタグランジン類の生合成経路における最初の段階の酵素「シクロオキシゲナーゼ(COX)」阻害によるものであるが、同時に血栓溶解作用やがん抑制作用もある。解熱鎮痛作用だけなら脳の視床下部だけでも良いが、血栓防止やがん予防には全身分布した方が都合が良い。

このような不用意な分布というのは、副作用増加の一因となるのでコントロールしたい。
DDS(Drug Delivery System)という言葉があるが、適切な場所に有効成分を行き渡らせるための工夫である。抗がん剤などはがんのある所だけに効いてほしいので、このような工夫がなされる。

とはいえ、錠剤などは服用も容易であるし、狙った部位に出来るだけ選択的に効くように医薬品は開発されているので、決して錠剤が危険だと言う事ではないが。
医薬品剤型の画期的な進化を期待しておこう。



副作用発現においてもう一つ重要なのが、有効成分の作用発現機構である。

何で医薬品が効くのかと言えば、複雑多岐に渡る作用機序の説明になってしまうので上手く説明は出来ないが・・・一つのキーワードとして考えられるのが「受容体」である。
医薬品と言うのは、通常では単一の化学物質である。 この化学物質が受容体にくっつく事で、複雑なカスケードが起こり、効果が現れる。
ちなみに受容体というのは、体中の組織の細胞表面や核膜などに存在する、ある種のタンパク構造である。受容体を介して細胞の内外を情報が行き来する、と考えても良いかもしれない。

ここで厄介なのは、ある成分が狙った受容体(=タンパク質)だけにくっついてくれればよいのだが、必ずしもそうは行かず、似たようなタンパク構造にはくっついてしまう。
逆に、同じ受容体でも、(3次元的且つ化学的に)似たような化学構造の成分はくっつく。
花粉症の薬でよくあるH1-blockerなど、この原理を応用したものである。

そして、その事を全て予測する事は到底不可能である。



「医薬品は基本的に全身に分布する」「同一医薬品でも様々なところに様々な作用を発現する」
この2つを回避する事はまず不可能であるがために、副作用と言うのはゼロには出来ないし、それを確認する事も出来ない。
だから、副作用の無い医薬品は無いのである。
もちろん副作用が可能な限り少なく、主作用単一しか観測できない医薬品というのは、将来的には現れるかもしれないが、現在の科学の考え方で言えば、”ない”事は証明できない。



一般に、「漢方薬は副作用が無い」と言われているが、これも微妙な勘違いである。

漢方、元は中国伝来の医学であるが、日本で行われている漢方医療と言うのは日本国内で成熟したものである。中国には漢方というものはなく、独自の中医学として進化している。
簡単に言えば、日本で行っている漢方と言うのは、日本流のアレンジが加わっていると言う事だ。

漢方においては、診察をして患者の「証」と言うものを考える。
証は患者の状態の事を指す言葉であるが、単純な症状と言う意味ではなく、漢方学的な診断により漢方学的な判断基準によって決定した患者の状態であり、普段我々が考えるようなものとは大きく隔たる。
陰陽、表裏、虚実、寒熱、気血水など、感覚的で概念的な判断基準であり、非科学的だと言う批判もあるが、科学的な検査技法が無かった紀元前からの方法なのだから当たり前の話である。
数千年単位の膨大な臨床実績の積み重ねであり、完全な経験的手法であるので、むしろ信憑性は高いと考えてもいいのでは。

このように患者の「証」というものを決定すれば、自ずと処方する薬剤も決まる、と言うのが漢方のやり方であり、診断をつけてから治療法をまた考える現代医学とは少し異なる。
例えば風邪なら「桂枝湯証」「葛根湯証」「麻黄湯証」など。同じ症状でも患者の体格や性格によっても証は異なるので、ある意味究極のテーラーメイド医療である。

じゃあ、漢方薬、しばしば薬湯を服用した場合、副作用はないのかというと、一般に考える意味での副作用は起こりうる
これは漢方の概念の問題である。
万が一副作用(有害反応)が起こったとしたら、それはそもそも「証」の判断が間違っていたと考える。つまり診断をミスっているとして、再度診断を行い証を立て直すのである。
漢方においては、副作用と言う考え方そのものが存在しないのである。
これが勘違いの元である。

安易に漢方薬を飲むのは、危険である
漢方薬は複数の生薬から作るが、一つの生薬には無数の化学物質があり、さらにそれを組み合わせている。
そう考えると、むしろ数え切れないぐらいの副作用が起こって当たり前だと考えざるを得ない
実際には、そこを巧妙にクリアして有害作用を出来るだけ減らすところに漢方薬のよさがあるとは思うが。
漢方薬と言えども、使い方を誤れば生命の危機に晒される。プロに任せた方が良いだろう。



副作用と言えば、タミフルを服用した子供が、異常行動を起こした事が記憶に新しい。

タミフル構造式

タミフル、リン酸オセルタミビルは、インフルエンザA型及びB型に対する医薬品である。
ウイルスというのは細胞の中に侵入した後、一度自分の体をバラバラにしてDNA(或いはRNA)を剥き出しにし、細胞組織に自分の遺伝情報のコピーをたくさん作らせる(エクリプス期)。その後自分を組み立てなおして細胞から出芽していく。タミフルはウイルスを駆除するわけではなく、細胞からウイルスが出芽するのを阻害、つまりウイルスを細胞の中に閉じ込めておくための医薬品である。

インフルエンザウイルスに感染してから48時間後、ウイルスが細胞内にとどまっている間にタミフルを服用すれば、それ以上の感染拡大は阻止できる。
静菌的な作用であるとは思うが、時間さえ間に合えば良好な効果が期待できる医薬品であり、それ故に品薄状態である。
従来はシキミ酸を出発物質とした半合成経路が主流であったが、コーリーや柴崎教授が全合成経路を確立しておられるので、大量合成も可能となるだろう。
詳しくはこちらで。

このようにインフルエンザに対する優れた医薬品として用いられているが、重篤な副作用として意識障害やそれに伴う異常行動などが問題視されている。
もっともこの件についてはFDAなど各種機関においては明言を避けてはいる。
熱に浮かされて行動が怪しくなった、という見方も否定は出来ない。
確かにタミフルを服用した児童に意識障害が集中しているような印象を受けるが・・・

このタミフルの副作用問題と言うのは時々テレビ番組などでも取り上げられるが、その中で私の印象に強く残っているのが、最近ダンナと別れた某カリスマ主婦タレントが、番組に登場した医師に対してタミフルの副作用について執拗に噛み付いたものであった。
正味の話あまりにも頭の悪い論調だったので、発言の仔細は覚えていないが、「インフルエンザでタミフルを飲んだら怖い副作用があるじゃないですか、どうすればいいんですか!」と言う事だった。

んなことテメーで考えろと思ったのだが、まあ世間一般のヒステリック子持ち主婦の意見と言うのは似たようなものではないだろうか。

タミフルを服用すると意識障害の可能性がある。しかし、タミフルの服用しなかったらインフルエンザの症状で危険になる可能性がある。タミフル飲むのがどうしても嫌なら勝手にすりゃいいけど、異常行動だったらまともに看病していれば防げる事であるので、きちんと診てあげて下さい。
要約するとこういう感じの医師の切り返しであった。
当たり前の話であるが、インフルエンザは怖い病気で、特に子供にとっては命に関わる。だったら些細な変化も見逃さないように、慎重に看病する事が重要となってくる。タミフルの副作用如何を問わずに、だ。

ちょっと考えれば解る事なのであるが、子供が一大事だと言う時には冷静さを欠いてしまうという気持ちも分からなくは無い。
テレビ番組でのうのうとアホ理論を吐く人間の気持ちは分からんが
そういうときにこそ医療関係者は患者の気持ちを酌んでいくことが、、ますます重要になっていく。 でも最終的には親御さんが一番しっかりしないといけませんからね。

2007.03.21 追記

タミフル由来と疑われる異常行動の件数が増え、厚生労働省も緊急記者会見を開きました。
上記で少々乱暴な事を言ってしまったことは汗顔の至りではございますが、思考停止による責任転嫁体質を改善して欲しいのは今も変わりませんので、訂正せず残しておきます。



少々長くなったが、医薬品には副作用と言うものが避けられないものだと言う事、それをきちんと理解した上で医薬品を使う事が重要だと言う事はご理解いただけるだろう。

副作用と言うのは不可避であり、それ故裁判においても判断が難しいところである。
医療の側としても、出来るだけ副作用(有害作用)が少なくなるように努力している。
患者の側からも、副作用情報をしっかりと把握し、冷静に対応する事が望まれる。

患者の責任というのも問われる時代に来ているのだから。

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